「…それはどうしてなの士郎」
遠坂が険しい目付きで問い掛けてくる。
「強くなりたいんだ。誰かに助けられるんじゃなくて、俺の力で傷ついている人や苦しんでいる人を助けたい。でも、あれから自分で鍛練しても強化も投影も上達しないんだ。だから二人に力を貸して欲しい」
「士郎、貴方はどうしょうもない未熟者だったのよ。それが聖杯戦争のマスターに選ばれ、いきなり魔術師同士の戦いに巻き込まれた。本当なら死んでいてもおかしくなかったのに…運良く生き延びて日常に帰ってくることができたのよ。それなのに、取り戻せた日常を貴方は捨てるの?」
「確かに、今のままじゃいられなくなるかもしれないけど…俺は俺の大切な人達の暮す日常を守りたいんだ。」
「でも、それなら魔術師じゃなくても良いんじゃない?」
「あぁ確かにそうだ…けど、それじゃあ我慢できないんだ。もっと多くの人の力になりたい、今をどこかで平和に暮している人の日常も守りたい。今苦しんでいる人がいるのなら助けたい。誰もが皆幸せでいて欲しいんだ。確かに今は未熟だけど、俺には他の人に無い力がある。もっと魔術ができるようになれば、それだけ多くの人を助けられると思うんだ」
「魔術師になるという事は、人を欺き続けて生きるということよ。他人を騙し、利用し、自分の魔術を研究して根源に至ろうとする…この世界に生きようとするなら嫌でも経験するわ。人の弱さや汚さを見て、自分も手を血に染める事があるかもしれない。貴方はそれができる?」
「…誰かを犠牲にしてまで力をつけたいとは思わない。けど、俺の信念に外れなければ人を欺き、手を血に染める事も厭わないよ。それに、魔術師になって根源を目指すために魔術を学びたいわけじゃないんだ。…俺は正義の味方に成るために、魔術を身につけて強くなりたいんだから」
序章:W/羅針盤
「………」
俺は遠坂から目を離さずに向かい合った。
「…わたしは構わないわよ、シロウ」
「イリヤ…」
「イリヤ貴女…」
「リン、こうなったシロウは絶対に意志を曲げないわ。それに、きっとわたしたちが断ってシロウ一人で走らせたら、直ぐに身を滅しちゃうわよ。だったらわたしたちでシロウが迷わないようにしてあげなきゃ」
「イリヤ…ありがとう」
「まったく…世話がかかるお兄ちゃんなんだから」
そう言いながら彼女は母親が子供に向けるような笑顔で応えてくれた。
「はーっ、わかってるわよ。士郎が超が付くお人好しで頑固者だってことは。…いいわ、私もあんたのこと見てあげる。一度は弟子にしたんだものね、最後まで面倒見てあげるわ」
「遠坂…ありがとう。悪い、二人共宜しく頼む」
俺はもう一度二人に頭を下げて心の底から感謝した。
「もう、わかったから顔をあげなさい」
「あ、あぁ。でも、本当にありがとう遠坂」
「ねぇ、リン。タイガ達はまだしばらく帰って来ないし、早速始めない?とりあえず…」
そう言って、イリヤが遠坂に何やら耳打ちをしている。
緊張から開放され気が楽になり、俺は襖に寄り掛かりながら二人を眺めた。
…ん?何やら遠坂さんが嫌な笑みを浮べてこちらを見ていらっしゃるが…これはヤバい雰囲気だ…
そんな俺の考えを知ってか知らずか、遠坂さんはその笑みのまま…
「そうね…じゃあ早速だけど衛宮君、あんた服を脱ぎなさい」
なんておっしゃられた。
「と、遠坂さん、それにイリヤ?これは一体何の真似でしょうか?」
あの後、必死に抗議をした俺はイリヤに邪眼で金縛りにされ、パンツ一丁で仰向けに畳の上に寝かされている。
「「へぇ〜、士郎(お兄ちゃん)っていい体付きしてるんだ」」
俺の涙ながらの訴えは軽くスルーされ、お二人ともやや頬を赤くしながら食い入るように眺めている。
(…うぅっ、まさか女の子に視姦される時がくるとは思わなかった)
「…あっ、士郎を視姦している場合じゃないわ。大丈夫よ、士郎。あなたの魔術回路の具合を確かめるだけだから」
そう言って、遠坂とイリヤは俺の胸の上に手を置いた。
「うっ、…二人共…」
途端、体の中に異物が潜り込むような感覚がして苦しくなる。
「力を抜いて大人しくしていて、シロウ」
次に、二人とも手を腕や足に向かってゆっくりと滑らしていく。
それに伴い異物感も移動する。
…五分程経っただろうか、二人が手を離したと同時に手足が動かせるようになった。
「もういいわ、服を着て来て」
「あ、あぁ」
何やら小声で話している二人を残し、脱ぎ散らかされた服を着て戻った。
「士郎、あなたの魔術回路で使われているのは2本だけだったわ、しかもだいぶ疲弊していたんだけど…あんた、宝具の投影をしたんじゃない?」
遠坂がやや怒った表情で話をきりだした。
「あ、あぁ確かにセイバーの剣と鞘の投影をやっていたけど」
「駄目よ、シロウ。英霊の宝具なんて最高の神秘なんだから、投影で作り出そうとした時の世界の修正力は半端じゃないわ。それでもシロウの投影に特化した回路のおかげで可能になってはいるけど…、いくら頑丈でも2本の回路で耐えられる負荷じゃないもの」
「そういうこと。今の疲弊した回路だけじゃ何度やっても上達するどころか回路が潰れちゃうわ。先ずは残りの回路を開いてスイッチを作る。本格的な練習はそれからね」
「そ、そうか…」
「焦らなくていいのよ、シロウ。ちゃんとわたしたちが見てあげるわ」
「そうね。…じゃあ、そろそろ桜と藤村先生が帰ってくるから続きは明日にしましょう。…ところで士郎、部屋は空いているかしら?」
「ん?確か洋間が何部屋か空いていると思うけど…ま、まさか遠坂…」
「まさか、じゃないわよ。私の弟子になったからには一流の魔術師に鍛えてあげるんだから、春休み中はここに住み込みで教えるわ。イリヤもいるし、私の家じゃ何かと問題があるしね」
「そうね。じゃあ、わたしもここに住むわ。まだ部屋はあるのよね?シロウ」
「イ、イリヤまで…まぁ部屋は空いているけど…あ〜でも、桜と藤ねぇになんて言えば良いのさ」
これは大問題だ。特に虎を説得するのは難しい…いや、というより危険だ。
「そのくらいあんた一人で何とかしなさいよね」
「うっ、そうは言ってもさ…」
「大丈夫よ、お兄ちゃん。タイガの説得はわたしも手伝うから」
「あぁ、ありがとうイリヤ。…(誰かさんとは大違いだ)」
「なんか言った?衛宮君?」
「いっ、いえ!何も言っておりません!」
「…まぁいいわよ。どうしても駄目なら私も手伝ってあげるから」
その後、夕飯を囲みながら帰宅した桜と藤ねぇに遠坂とイリヤの下宿の件について話をすると、予想通り二人は大激怒。
最後は遠坂の力を借りて何とか説得に成功し、二人は衛宮家で暮すことになったのだった。
「…イリヤ居る?」
夜も遅く、ドアをノックしながらわたしを呼ぶ声がする。
「いるわ。どうしたの、リン?」
わたしが応えるとリンが『ちょっと話があるからいい?』と、言って入ってきた。
「へ〜もう荷物片付け終わったの?」
「そういう貴女はまだなの?まったく…片付けも出来ないなんて、貴女はもっとレディとしての自覚を持つべきだわ」
リンが整頓が苦手なことは、シロウから聞いて知っている。
なんでも『片付けようとすると散らかる』らしい、新しいスキルだろうか?
「うぅ…って、あいつ何か余計なことを喋ったわね!!」
そう叫びながら、シロウに呪いを飛ばす勢いで壁を睨み付けている。
「ちょっとリン。貴女、何か話があって来たんじゃないの?」
「あっ、そうだわ。二つあるんだけど先ずは士郎の事…イリヤは気がついてた?士郎の魔術回路…数はそれほどでもないけど容量は桁違いよ、あれなら千以上の魔力にも耐えきれるかもしれない」
「えぇ、未使用の回路も含めて全て何重にも補強されていたわ。おまけに、回路が体の神経と同化しているなんて異常としか言い様が無いわ」
そう、昼にシロウの魔術回路を調べた時、わたしも彼の魔術師としての異常さに驚いていた。
普通の魔術回路はあれ程急激な変化はしない。
だから魔術刻印を受け継がせ、代を重ねる事で回路を増やすのだ。
常識では、神経と同化して容量が増すなど有り得ないが…しかし、その常識から彼は逸脱している。
「あいつ、ついこの間まで回路にスイッチを作らないで、毎回一から回路を構築していたのよ。…それも毎日欠かさず八年間も。おそらくそのせいで回路が神経と同化してしまって、再構築で神経が鍛えられるのと一緒に、回路も鍛えられて容量が上がったんだわ」
「シロウが強化と投影以外の魔術ができないのもそれが原因ね。神経と同化して体に固着した回路じゃ、他者に回路をリンクさせずらいもの」
「はぁ〜まったく、あいつ本当に何者なのかしら?」
リンが呆れ顔で溜め息をついている。
「そうね…」
だけど、わたしは溜め息はつかない。
だって…わたしは彼が何者であるのか知っている。
…いや、正確には“彼”がシロウであったことにあの時気がついた。
…そう、わたしの城でわたしのバーサーカーと闘った赤い外装の英霊…アーチャーはシロウだった。
バーサーカーと闘っている時、彼は幾つもの宝具をどこからともなく取り出して、6回もバーサーカーを殺した。…最後はバーサーカーの攻撃を避けられずに切り伏せられてしまったけど…
そうして、逃げたシロウたちを追いかけて森で闘った時、シロウが造り出したカリバーンを見てわたしは感じた…
『エミヤシロウとアーチャーは同一人物である』
それが確信に変わったのはバーサーカーを倒され、シロウたちと行動を共にするようになった時だった。
…わたしは、聖杯として倒された英霊の魂を取り込むことができる。
あの時、わたしのなかにあったアーチャーの魂とシロウから感じた魂が同じだったからだ。
どうしてシロウが英霊になったのかは解らないけど、アーチャーの魂からは疲弊しきって、苦悩して、救われない悲しさを感じた。
だからわたしはシロウの申し出を受けた。
…わたしの家族を、あんなに悲しませたくなかったから…
「…ヤ、ちょっとイリヤ聞いているの?」
「えっ?…あら、ごめんなさい。ちょっと考え事をしちゃってて」
どうやら随分考え込んでしまっていたみたいだ、リンが何か話しかけていたのに気がつかなかった。
「珍しいわね、貴女がそんなに考え込むなんて。じゃあもう一つの話なんだけど、桜も一緒に教えようと思うんだけどダメかな?」
「?…サクラが魔術師であることは解っていたけど…でも、どうして今頃?彼女は戦争中も戦いを放棄していたじゃない」
「うん…実はこの前桜から頼まれちゃって。『私に魔術を教えて下さい、このままじゃ嫌なんです』って…」
何時に無い低姿勢で、若干覇気がないリンを少し不思議に感じた。
「珍しいわね、貴女がそんなに参った顔をするのは…。わたしは構わないわよ。マキリの魔術師とは言ってもサクラは信用できるもの。でも問題はシロウね、サクラが魔術師ということさえ気がついていないと思うし」
「えぇ、あの子もそれが一番気掛かりだって言っていたけど、それでもって…。だから、明日は四人で話し合おうと思っているから」
「わかったわ」
「じゃあ話はこれだけなんだけど…ゴメンね、夜遅く。お休みなさい」
「えぇ、おやすみなさい、リン」
彼女はそれだけ言うと部屋から出て行った。
(…騒がしくなりそうね…)
部屋の電気を消し、ベッドに横になりながら部屋の天井を見上げている。
(…ふふっ、おかしいなー。どうしてわたしはキリツグの家に泊まっているんだろ?)
初めはキリツグもシロウも殺すつもりだったし、わたしは聖杯の器なのだから第三に挑んで戦争中に死ぬはずだったのに…
…でも、今は楽しい。あんなに可愛い弟と居られるんだから…
そんな事を思いながら、わたしは瞼を閉じて眠りについた。
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